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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)2098号 判決 1999年12月15日

原告 都市基盤整備公団

右代表者総裁 牧野徹

右訴訟代理人弁護士 田口邦雄

同 横山茂晴

同 片岡廣榮

同 遠藤哲嗣

同 出口尚明

同 上野健二郎

右訴訟復代理人弁護士 田中公人

同 花里耕二

右指定代理人 富松茂男

<他6名>

被告 村上雍子

<他7名>

右八名訴訟代理人弁護士 久恒三平

同 鈴木清明

同 宇多正行

主文

一  被告村上雍子は、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右明渡済みまで一か月金六万〇〇七五円の割合による金員を支払え。

二  被告安川清美は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡し、かつ、平成八年五月一日から右明渡済みまで一か月金七万八二二五円の割合による金員を支払え。

三  被告飯島清吉は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物を明け渡し、かつ、平成八年七月一八日から右明渡済みまで一か月金七万一六二五円の割合による金員を支払え。

四  被告井田キミヱは、原告に対し、別紙物件目録四記載の建物を明け渡し、かつ、平成八年八月八日から右明渡済みまで一か月金六万九九七五円の割合による金員を支払え。

五  被告小川晴康は、原告に対し、別紙物件目録五記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右明渡済みまで一か月金六万五七七五円の割合による金員を支払え。

六  被告大久保清は、原告に対し、別紙物件目録六記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右明渡済みまで一か月金六万一五七五円の割合による金員を支払え。

七  被告大木正昭は、原告に対し、別紙物件目録七記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右明渡済みまで一か月金六万八九二五円の割合による金員を支払え。

八  被告村田弘子は、原告に対し、別紙物件目録八記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右明渡済みまで一か月金六万二九二五円の割合による金員を支払え。

九  訴訟費用は、被告らの負担とする。

一〇  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

主文と同旨。

(予備的請求)

一  被告村上雍子は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万〇〇五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金六万〇〇七五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  被告安川清美は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡し、かつ、平成八年五月一日から右金員の支払を受ける日まで一か月金五万二一五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金七万八二二五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  被告飯島清吉は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物を明け渡し、かつ、平成八年七月一八日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万七七五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金七万一六二五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

四  被告井田キミヱは、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録四記載の建物を明け渡し、かつ、平成八年八月八日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万六六五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金六万九九七五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

五  被告小川晴康は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録五記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万三八五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金六万五七七五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

六  被告大久保清は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録六記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万一〇五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金六万一五七五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

七  被告大木正昭は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録七記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万五九五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金六万八九二五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

八  被告村田弘子は、原告から後記計算式に基づき算出した金員の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録八記載の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月一日から右金員の支払を受ける日まで一か月金四万一九五〇円の割合による金員を、同じく右金員支払の日の翌日から右明渡済みまで一か月金六万二九二五円の割合による金員を、それぞれ支払え。

(計算式)

①と②の合計額(ただし、①の金額の下限は零とする。)

① 左記の数式による金額((A)は、平成七年一〇月三一日の翌日を起算日として、原告が各被告に対し、本計算式に基づき算出した金員を現実に提供して本件建物の明渡しを求めた日の属する月(当該月が一月に満たないときは、これを算入しない。)までの経過月数。)

一〇〇万円-一万七〇〇〇円×(A)

② 七八万九〇〇〇円

第二事案の概要

本件は、住宅・都市整備公団(以下「住都公団」という。)の権利義務を承継した原告が、賃借人である被告らに対し、住都公団が賃貸建物の建替えの必要性等を理由に各賃貸借契約の更新を拒絶したとして、各賃貸借契約の終了に基づき、賃貸建物について、主位的に無条件の明渡しを、予備的に金員の支払と引換えの明渡しを求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠等の記載がなければ、争いのない事実である。)

1  原告について

住都公団は、昭和五六年一〇月一日、住宅・都市整備公団法(昭和五六年法律第四八号)に基づき設立され、日本住宅公団(昭和三〇年法律第五三号日本住宅公団法に基づき設立され、住宅・都市整備公団法附則六条により解散した法人である。)の一切の権利義務を承継したが、平成一一年一〇月一日に解散した。原告は、同日、都市基盤整備公団法(平成一一年法律第七六号)に基づき設立され、住都公団の一切の権利義務を承継した(以上は、当裁判所に顕著である。)。

2  住都公団の設立目的

日本住宅公団は、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、健全な市街地に造成し、又は再開発するために土地区画整理事業等を行うことにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立されたものである(日本住宅公団法一条)。

その後、わが国の住宅事情はかなり改善されたものの、住生活の向上、改善に対する国民の要望には依然として根強いものがあり、また、今後の都市化の一層の進展に対応して、住宅・都市政策においては、住宅・宅地の供給と都市の整備との相互の関連に十分配慮しつつ、これらを総合・一体的に推進することが緊要の課題であった。

そこで、住都公団は、住宅事情の改善を特に必要とする大都市地域その他の都市地域において、健康で文化的な生活を営むに足りる良好な居住性能及び居住環境を有する集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、当該地域において健全な市街地に造成し、又は、再開発するために市街地開発事業等を行い、並びに都市環境の改善の効果の大きい根幹的な都市公園の整備を行うこと等により、国民生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的として設立され(住宅・都市整備公団法一条)、右目的の達成のため、住宅の建設、賃貸その他の管理譲渡及び宅地の造成、管理、譲渡等の諸施策を行い、その一環として、既存賃貸住宅の建替事業を行っている(以上は、当裁判所に顕著である。)。

3  別紙物件目録一ないし八の建物は、日本住宅公団が建築した草加団地(埼玉県草加市中央二丁目五番ほか所在)内の住宅であり、その所有権は、日本住宅公団から住都公団、原告に順次承継された。

4  本件各賃貸借契約

(一) 被告村上雍子(以下「被告村上」という。)

日本住宅公団は、樋口實に対し、昭和三九年三月一六日、別紙物件目録一記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約一」という。)、右建物を引き渡した。

賃料 月額五九〇〇円

共益費 月額三五〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で更新する。

特約 賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う(ただし、契約終了原因が賃借人の違約による場合に限る。)。

本件賃貸借契約一は更新を重ねてきたが、被告村上は、樋口實から、昭和六〇年一〇月一日、住都公団の承諾のもとに、同人の右貸借人たる地位を承継し、住都公団と被告村上は、右承継後の契約期間を同日から一年間、以後同一条件で一年間更新すること、及び、約定賠償金の額は、契約終了原因が違約による場合に限定せず、更新拒絶による場合も含めて右契約終了時点における賃料及び共益費の合計額の一・五倍相当額とすることを合意した。右承継時点における賃料は、月額二万一九〇〇円であった。

本件賃貸借契約一の賃料は、平成三年一〇月一日、月額三万八四〇〇円(消費税を含む。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(二) 被告安川清美(以下「被告安川」という。)

住都公団は、被告安川に対し、平成元年四月二〇日、別紙物件目録二記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約二」という。)、同年五月一日、右建物を引き渡した。

賃料 月額四万七〇七一円(消費税相当額一三七一円を含む。)

共益費 月額九六〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で一年間更新する。

不法居住による賠償金約定

賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う。

本件賃貸借契約二は更新を重ね、賃料は、平成七年四月一日、月額五万〇五〇〇円(消費税を含む。ただし、同年一〇月三一日まで改定後の賃料の支払を猶予する。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(三) 被告飯島清吉(以下「被告飯島」という。)

日本住宅公団は、被告飯島に対し、昭和五三年七月一三日、別紙物件目録三記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約三」という。)、同月一八日、右建物を引き渡した。

賃料 月額二万〇九〇〇円

共益費 月額一八五〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で一年間更新する。

不法居住による賠償金約定

賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う。

本件賃貸借契約三は更新を重ね、賃料は、平成七年四月一日、月額四万六一〇〇円(消費税を含む。ただし、同年一〇月三一日まで改定後の賃料の支払を猶予する。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(四) 被告井田キミヱ(以下「被告井田」という。)

日本住宅公団は、井田厚三に対し、昭和四〇年七月二八日、別紙物件目録四記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約四」という。)、同年八月八日、右建物を引き渡した。

賃料 月額五九〇〇円

共益費 月額五〇〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で一年間更新する。

不法居住による賠償金約定

賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う。

本件賃貸借契約四は更新を重ねてきたが、被告井田は、井田厚三から、平成六年三月一日、住都公団の承諾のもとに、本件賃貸借契約四の貸借人たる地位を承継した。さらに右の賃料は、平成七年四月一日、月額四万五〇〇〇円(消費税を含む。ただし、同年一〇月三一日まで改定後の賃料の支払を猶予する。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(五) 被告小川晴康(以下「被告小川」という。)

日本住宅公団は、被告小川に対し、昭和四七年九月二二日、別紙物件目録五記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約五」という。)、同月二七日、右建物を引き渡した。

賃料 月額八〇〇〇円

共益費 月額八〇〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で一年間更新する。

不法居住による賠償金約定

賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う。

本件賃貸借契約五は更新を重ね、住都公団と被告小川は、平成二年七月三〇日、住戸内設備改善に伴い、従前の賃貸借契約の変更契約を締結し、変更後の賃料を月額三万六二五六円(消費税を含む。)、契約期間を同年九月一日から一年間、以後同一条件で一年間更新することを合意した。

さらに、右の賃料は、平成三年一〇月一日、月額四万二二〇〇円(消費税を含む。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(六) 被告大久保清(以下「被告大久保」という。)

日本住宅公団は、被告大久保に対し、昭和三五年四月七日、別紙物件目録六記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約六」という。)、同年七月一六日、右建物を引き渡した。

賃料 月額五九〇〇円

共益費 月額三五〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で更新する。

特約 賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う(ただし、契約終了原因が賃借人の違約による場合に限る。)。

本件賃貸借契約六は更新を重ねてきたが、住都公団と被告大久保は、平成二年七月三〇日、住戸内設備改善に伴い、従前の賃貸借契約の変更契約を締結し、変更後の賃料を月額三万二八五七円(消費税を含む。)、契約期間を同年九月一日から一年間、以後同一条件で一年間更新すること、及び、約定賠償金の額は、契約終了原因が違約による場合に限定せず、更新拒絶による場合も含めて右契約終了時点における賃料及び共益費の合計額の一・五倍相当額とすることを合意した。

さらに、右の賃料は、平成三年一〇月一日、月額三万九四〇〇円(消費税を含む。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(七) 被告大木正昭(以下「被告大木」という。)

住都公団は、被告大木に対し、昭和五七年八月一二日、別紙物件目録七記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約七」という。)、同月一九日、右建物を引き渡した。

賃料 月額三万四五〇〇円

共益費 月額三一五〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で一年間更新する。

不法居住による賠償金約定

賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う。

本件賃貸借契約七は更新を重ね、住都公団と被告大木は、平成元年七月三一日、住戸内設備改善に伴い、従前の賃貸借契約の変更契約を締結し、変更後の賃料を月額四万〇六八五円(消費税を含む。)、契約期間を同年九月一日から一年間、以後同一条件で一年間更新することを合意した。

さらに、右の賃料は、平成三年一〇月一日、月額四万四三〇〇円(消費税を含む。)に増額改定された(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

(八) 被告村田弘子(以下「被告村田」という。)

日本住宅公団は、村田稔に対し、昭和四八年二月二八日、別紙物件目録八記載の建物を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約八」という。)、同年三月一六日、右建物を引き渡した。

賃料 月額八〇〇〇円

共益費 月額八〇〇円

支払方法 各月分の賃料及び共益費を一括して月末に支払う。

契約期間 同日から一年間・以後同一条件で一年間更新する。

不法居住による賠償金約定

賃借人は賃貸人に対し契約終了日の翌日から明渡済みまで賠償金として契約終了時の賃料及び共益費の一・五倍相当額を支払う。

本件賃貸借契約八は更新を重ね、住都公団と村田稔は、平成五年一〇月一五日、住戸内設備改善に伴い、従前の賃貸借契約の変更契約を締結し、変更後の賃料を月額四万〇三〇〇円(消費税を含む。)、契約期間を同年一一月一日から一年間、以後同一条件で一年間更新することを合意した(共益費は平成二年四月一日以降月額一六五〇円となっている。)。

村田稔は、平成九年八月二〇日死亡し、その同居親族である被告村田が右建物を占有している。

5  住都公団の更新拒絶

本件賃貸借契約一ないし八は、旧借家法(以下「借家法」という。)一条の二が適用されるところ、前記のとおり、それぞれ締結以来更新を重ねてきたが、住都公団は、被告ら(被告村田の関係では村田稔)に対し、次の各更新拒絶日に、期間満了日到来とともに右各賃貸借契約をそれぞれ終了させ、以後更新しない旨の意思表示をした(以下「本件各更新拒絶」という。)。ただし、住都公団は、賃貸借契約期間満了日が平成七年一〇月三一日前に到来する被告村上、被告小川、被告大久保及び被告大木に対しては、建物の明渡しを平成七年一〇月三一日までそれぞれ猶予した。

(更新拒絶日) (期間満了日)

(一) 被告村上 平成七年三月二七日 平成七年九月三〇日

(二) 被告安川 平成七年九月一一日 平成八年四月三〇日

(三) 被告飯島 平成七年九月一一日 平成八年七月一七日

(四) 被告井田 平成七年九月一日 平成八年八月七日

(五) 被告小川 平成七年二月一六日 平成七年八月三一日

(六) 被告大久保 平成七年二月一五日 平成七年八月三一日

(七) 被告大木 平成七年二月一五日 平成七年八月三一日

(八) 村田稔 平成七年四月一五日 平成七年一〇月三一日

二  争点

本件各更新拒絶に借家法一条の二の正当事由があるか。

三  争点に関する原告の主張の要旨

1  国の施策としての建替事業

(一) 住都公団は、昭和六一年度から全国的規模において既存賃貸住宅の建替事業を行っているものであるが、右事業は、住宅事情の改善を特に必要とする大都市地域その他の都市地域において、健康で文化的な生活を営むに足りる良好な居住性能及び居住環境を有する集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うという、住都公団の設立目的を達成するためのものであって、住宅建設計画法四条に基づく昭和六一年三月二五日閣議決定にかかる「第五期住宅建設五箇年計画」(以下「五期計画」という。)、及び、これに続いて定められた平成三年三月八日閣議決定にかかる「第六期住宅建設五箇年計画」(以下「六期計画」という。)による国の住宅政策を推進・実現するものである。

五期計画を引き継いだ六期計画は、一九九〇年代を通じて住宅対策を積極的に推進するため、良質な住宅ストック及び良好な住環境の形成を図ること、大都市地域における住宅問題の解決を図ること等を定め、また、国及び地方公共団体は、国民の居住水準の向上及び住環境の整備・改善を図るため、公共住宅について良質な住宅ストックを形成するための施策として、既存公共賃貸住宅の建替えの促進等による公共賃貸住宅の供給の促進と規模の拡大を図ること等を定めている。

(二) そして、右の計画を住都公団の賃貸住宅について具体的に述べれば、次のとおりである。

(1) 居住水準の向上を図る必要性

原告が現在所有、賃貸している住宅のうち建設年次の古い住宅の中には、近時における国民の住宅需要の多様化、建設技術の改良、設備施設の効能化等に伴って公用住宅等の規格基準が向上していること等により、最近建設された公団住宅や民間建設住宅と比較した場合、居住水準等の点では社会的にみて陳腐化を来していると認められるものがある。特に、既存賃貸住宅のうち、昭和三〇年代に管理開始した住宅は、特にその傾向が著しく、居住水準の向上を図るための施策を早急に講ずることが必要となっている。

(2) 土地の適正利用の必要性

昭和三〇年代に管理開始された公団賃貸住宅は、一般的に立地条件の良い市街地に存在し、国民の住宅需要が極めて高い地域に存するにもかかわらず、土地の十分な活用がなされていないものが多い。これらの住宅の多くは、その敷地の法定容積率が一五〇ないし二〇〇パーセントであるにもかかわらず、現況の容積率は概ね六〇パーセント以下となっており、土地の適正な利用が図られているとはいえない状況にあるので、住宅需要の極めて高い住都公団住宅の敷地の有効な利用を図り、より良質の住宅を適正な家賃で供給する施策が緊急の課題となっている。

(3) 建替事業の進行状況

以上のごとき現状から、住都公団においては、日本住宅公団において最も初期に供給した昭和三〇年代の住宅団地について、昭和六一年度から、既存賃貸住宅の建替事業を実施しており、平成八年度末までには、全国で一三五団地(建替前の管理戸数約六万二〇〇〇戸)において着手している(埼玉県下においては、草加団地を含め、一二団地(建替前の管理戸数約五一〇〇戸)について着手している。)。

こうして、これら建替事業に着手した全国の団地のうち、平成六年度末までに事業着手した九五団地については、建替事業に伴う住替えにかかる熟慮期間として設けられている二年間の話合期間が既に満了しているところであるが、そのほぼ全員である約三万四〇〇〇名の賃借人から同事業に対する協力が得られており(なお、草加団地以外の埼玉県下の建替団地(九団地、従前居住者数は約三一〇〇名)では、右二年間の話合期間内に全ての従前居住者から事業への協力が得られている。)、このうち、半数を超える者は、建替後住宅への入居(以下「戻り入居」という。)を希望している。

この結果、平成八年度末には、右二年間の話合期間が満了した九五団地のうち、建替後住宅が竣工した七六団地、約二万六五〇〇戸において既に入居が行われており、さらに、約一万〇五〇〇戸の建替後住宅の建設工事が進行中である。

(4) 居住者の生活に対する配慮

住都公団は、賃借人に対し、その住替えの希望に応じ、例えば、建替後住宅に戻り入居を希望する者に対しては仮移転先住宅の確保及びそのあっせん、右建替後住宅への優先的入居、移転費用の支払、右建替後住宅への入居に際して家賃負担の軽減等の措置を講じ、また、本移転(戻り入居せず、他に転出すること)を希望する場合、例えば、建替後住宅以外の住都公団住宅に居住することを希望する者に対しては、移転先住都公団住宅の確保及びそのあっせん、移転費用の支払などきめ細かな内容による措置を講じるほか、住都公団は、建替事業の実施に当たっても、事業の方法について、賃借人への影響をできる限り小さなものとするように慎重に対処を行っている。

2  草加団地の建替事業について

(一) 本件建替事業の必要性

草加団地は、建替対象団地の一つとして平成五年度から建替事業が実施されている(以下「本件建替事業」という。)。

草加団地は、昭和三五年七月に最初の入居を開始した団地であり、同団地内の建替前の住宅は、建築後四〇年近く経過し、老朽化が進行するとともに、今日の住宅の水準から見た場合、住宅としての設備、性能も劣っているため、社会的にみて、陳腐化が甚だしく、建替事業による居住水準の向上が強く求められるところとなっている。

また、草加団地は、極めて利便性の高い地域に位置しており、好立地を生かした職住近接の住宅に対する需要の極めて高い地域にある。それにも拘わらず、容積率等の点からも土地の高度利用にはほど遠い状況である。

本件建替事業を実施することにより、住宅の戸数は増加し、様々な形式の住宅を提供することができ、住居内設備も格段に向上することになる。そして、より多くの駐車場、公園及び集会場等も整備し、その他、地元公共団体の整備計画と連携して団地周辺を含む居住環境の改善に寄与することができる。

(二) 賃借人の居住に対する措置

住都公団は、居住者の生活への影響に配慮して、工区を分けて順次工事を行うという事業遂行方法をとった。

住都公団は、賃借人らに対し、本件建替事業の必要性及び目的を十分説明し、賃借人らの不利益を軽減するための対策を講じてきた。即ち、①建替後賃貸住宅への入居を希望する場合、②住都公団の他の賃貸住宅への入居を希望する場合、③住都公団の他の分譲住宅への入居を希望する場合、④民間住宅等への入居を希望する場合等住替えの態様に応じて、それぞれ優先的に取り扱ったり、一定の金員の給付を約束する等きめ細かい各種の措置を講じている。

(三) 被告らとの明渡交渉について

住都公団は、平成五年一〇月三一日、居住者説明会を開催し、以来個別の面談、案内文書の配布等で周知、説明してきた。

二年間の話合いの期限となる平成七年一〇月三一日までに、先工区についてみると、一七二名の内被告ら及び三名を除く者が本件事業に協力し、現住宅の明渡しに合意して、一時使用賃貸借契約への切替え等に合意し、右三名の内二名は、話合期間経過後各賃貸借契約期間満了までの間に現住宅の明渡しに合意した。

その間、被告らを含む草加団地居住者約一三〇名は、越谷簡易裁判所に賃借権の確認を求める趣旨の調停を申し立てたり、また被告らと一部の者は住都公団に対し戸別訪問が繰り返された場合には「話合禁止の仮処分の申立て」を予告する旨通知するなど、話合いを拒否する態度を継続してきた。

(四) 以上のとおり、本件建替事業の内容及び実施経過、すなわち、住都公団は、更新拒絶による契約終了に至るまで、居住者の利益保護を十分に図った不利益軽減措置の提供を継続していたにもかかわらず、被告らは敢えて応じなかったのであるからこれを放棄したものと認めるほかはないことを考え併せると本件更新拒絶が借家法一条の二の正当事由を具備することは明らかであり、右正当事由に基づき本件各賃貸借契約が終了した以上、その後何らの措置を行わなかったとしても、原告は被告らに対し本件各建物の明渡しを求めうると言うべきである。

(五) 正当事由を補完する事由としての金員提供

しかしながら、仮に以上の各事実では正当事由に欠けるところがある場合には、原告は、被告らに対し、次の計算式に基づき算出した金員を提供する。

(計算式)

①と②の合計額(ただし、①の金額の下限は零とする。)

① 左記の数式による金額((A)は、平成七年一〇月三一日の翌日を起算日として、原告が被告に対し、本計算式に基づき算出した金員を現実に提供して本件建物の明渡しを求めた日の属する月(当該月が一月に満たないときは、これを算入しない。)までの経過月数)

一〇〇万円-一万七〇〇〇円×(A)

② 七八万九〇〇〇円

四  争点に関する被告らの主張の要旨

1  建替えの必要性と借家法一条の二の正当事由の関係について

借家法は、賃貸人と賃借人との間の利害調整をすることを目的とする法律であるから、土地再開発促進論に基づく居住水準の向上や土地の高度利用を目的とする建替えの必要性は、借家法の正当事由の要素とはなり得ないものである。

借地借家法の立法過程においても、私人間の権利調整を本質とする借地借家法の領域に都市再開発の促進という特定の政策的観点を持ち込むことは私法の範囲を超えているとの批判の下で、土地再開発促進論に基づく正当事由の立法化は明確に排除されている。

また、原告は、正当事由の要素として住都公団の目的や五期計画及び六期計画の各閣議決定を掲げているが、借家法が私人間の利害調整を目的とする法律に過ぎないこと、同法が住都公団に対し何ら特別の地位を付与しているわけではないこと、閣議決定が被告らに対して何ら法的拘束力を持つものではないことからすると、いずれも借家法の正当事由とは関係がない。

原告の主張は、都市再開発促進論に基づく居住水準の向上、土地の高度利用を中心とした政策論がその核心となっているが、以上の点からすると、そのほとんどが正当事由とはならないものであり、原告の主張は主張自体失当といわざるを得ない。

2  建替えの必要性について

以下の点からすれば、本件建替事業の必要性があるとする原告の主張は理由がない。

(一) 居住水準の向上について

原告は、草加団地が社会的に陳腐化しているので、居住水準の向上を図る必要があるとするが、原告が社会的陳腐化の要素として指摘する事項は、そもそも何が「社会的陳腐化」に当たるかが具体的に明らかになっていない。

そして、原告が主張する「居住水準の向上の必要性」は、全く理由がないか、あるいは、仮に居住に支障を来す点があったとしても、草加団地の従前のテラスハウス式賃貸住宅は増築・改修が十分可能であること、現在のリフォーム産業が非常に発達していることなどからすれば、増築、改修等により十分対応が可能であるから、建替えの必要性とは結びつかない。

また、地域のコミュニティが維持され、緑豊かな前庭のついた従前のテラスハウスと、各戸が孤立し、高家賃のために居住者が少なく地域のコミュニティが破壊される建替後の高層住宅とを比較すれば、前者の方が居住水準においてより優れていることは明らかである。

(二) 高度利用の必要性について

原告は、高度利用の必要性の根拠として草加団地の容積率が低いことを掲げているが、容積率の限度まで建物を建てなければならない必然性は何ら存しない。

また、土地の高度利用といっても、本件建替後の草加団地の戸数は従前の四一〇戸からわずか約一二〇戸増えるに過ぎないこと、原告の供給する住戸にはとても需要は見込めないことからも、高度利用の必要性と建替えの必要性は結びつかないと言うべきである。

原告は、本件建替後の住宅には国民の需要があると主張しているが、本件建替後の住宅は非常に高家賃であり、そのような需要があるとは到底考えられない。すなわち、原告の提示する草加団地の建替後の住宅の最終家賃は、以下のとおりである。

一DK (三七平方メートル) 九万三〇〇〇円

二DK―A (四九平方メートル) 一二万円

二DK―B (五五平方メートル) 一三万七〇〇〇円

三DK―A (六二平方メートル) 一五万四〇〇〇円

三DK―B (六九平方メートル) 一七万二〇〇〇円

四DK (七八平方メートル) 二〇万四〇〇〇円

右家賃を平成九年八月時点の草加駅周辺の民間賃貸住宅の家賃相場と比較すると、住都公団の賃貸住宅の家賃は、二DKで約三万円から四万円、三DKで四万五〇〇〇円から六万円も高額である。

なお、原告は、春日部小淵第二団地の応募倍率が九倍、コーポレート竹の塚二丁目団地の応募倍率が七・七倍であると主張しているが、住都公団の家賃はいわゆる傾斜家賃方式のため、仮に当初の入居があったとしても、家賃上昇後に民間賃貸住宅に転出するのは時間の問題であり、また、原告が掲げている武里団地、草加旭町団地、八潮団地の応募倍率は、これらの団地がいずれも昭和四〇年代管理開始のもので、いずれも家賃が低額であるからこそ需要があるものであり、これらはいずれも本件建替後の賃貸住宅に需要があることの根拠にはならない。

住都公団は、平成七年一一月、平成八年三月、平成九年一月、平成一〇年一〇月と再三にわたって賃貸住宅の家賃を値下げしており、これらの値下げは特に新規賃貸住宅に集中していること、住都公団は、草加団地においても、本件各賃貸借契約の解除通知後に建替後の家賃の減額を表明していることは、住都公団の新規賃貸住宅や本件建替後住宅に需要がないことを示すものである。

(三) 住都公団の目的及び閣議決定との関係

本件建替事業は、高層化や緑の減少により居住環境を悪化させること、生活を支える基盤であるコミュニティの破壊をもたらすこと、本件建替後の住宅も六期計画で定められた誘導居住水準を満たしていない高家賃で需要のない建物に建て替えて居住者の生活の安定を害することからすれば、公共の福祉、国民生活の安定という住都公団の目的に反すると言うべきである。

また、原告は、本件建替事業の必要性の根拠として、草加団地が五期計画及び六期計画の誘導居住水準を満たしていないことを主張するが、建替後住宅も、そのほとんどが右誘導居住水準を満たしていない。

さらに、六期計画において述べられている「良質な住宅、良好な住環境」には、「居住の安定性が図られること」すなわち「今住んでいる家から本人の意思に反して立ち退かされることがない」という意味が含まれると言うべきであるが、本件建替事業は、まさに居住者の意思に反する立退きを強制するものであるから、六期計画の趣旨にも反するものである。

(四) 仮に建替えが必要であるとしても、建替えは居住者に多大な負担をかけるのであるから、従前の状態のままで居住することを希望する者がいる場合には、一部建替えに留めるべきである。

建替事業遂行の方法としては、従前団地の一部を建替えの対象からはずして一部建替えを行うことが極めて容易であり、全面的な建替えが唯一の方法ではない。

3  被告らに対する不利益軽減措置について

原告は、住都公団が代替住宅の提供、金銭給付の申出、家賃の減額等の措置を講じたことを正当事由の要素として主張しているが、住都公団はこれらの措置を期限付きで提示し、期限後はこれらの提供をしていなかったのであるから、これらの不利益軽減措置を講じていたことは、正当事由の補充的要素にはならない。

4  住都公団と被告らとの交渉について

住都公団は、本件建替事業に際し、居住者との交渉期限を二年間としているが、被告らとしては、二年後に高家賃の住宅に戻り入居するか転居するかの選択肢しかなく、生活の見通しが立たないのであるから、そのような交渉期限の設定は意味がない。

住都公団は、居住者説明会以来、一貫して「建替えは既に決まったことである」「新賃料の減額の余地はない」との態度を崩さず、住民に対しては、ただ「戻り入居するのか転出していくのか」の二者択一の選択を求めるだけであり、調停の場での話合いも拒否して、その後も一切の実質的な話合いを拒否し続け、その一方で、住民各戸への戸別訪問を続けて、「一時使用貸借契約に署名しないと恐ろしいことになりますよ」等と恫喝し続けた。このように、原告が、住都公団と被告らとの間で行われてきたと主張する話合いの実態は、住都公団の立退きに関する恫喝と被告らとの話合いの拒否にすぎない。

立退きに同意した者がいるとしても、二年以内に同意しなければどのようなことになるか分からないということからやむを得ず同意した者が多い。

5  被告らの本件各建物使用の必要性

(一) 被告村上

(1) 被告村上は、現在六五歳であり、昭和三九年から草加団地に居住しており、現在は、三四歳の次男との二人暮らしである。

被告村上は、自宅でエレクトーンの講師の仕事をしているが、その収入は年収で五〇万円程にすぎず、かつ、これから独立していく次男の収入を当てにすることはできない。

(2) したがって、被告村上が建替後住宅に戻り入居することは不可能である。

また、現在六五歳の被告村上に、長年培って来たコミュニティとの関係を断ち切って、他の場所に転出していくことを強いるのは、非常に酷なことである。

(二) 被告安川

(1) 被告安川は、現在五〇歳であり、平成元年から草加団地に居住しており、現在は一人暮らしをしている。

被告安川は、畜産物の加工工場に勤務しており、収入は月額二五万円程であるが、後一〇年で右勤務先を定年となり、その頃、建替後の草加団地では傾斜家賃制度も終わり、賃料も一番高くなると予測される。

(2) したがって、被告安川が建替後住宅に戻り入居することは困難な状況にある。

また、一人暮らしの被告安川にとって、現在の草加団地でのコミュニティが同人の支えとなっている。

(三) 被告井田

(1) 被告井田は、現在六四歳であり、昭和三五年から草加団地に居住しており、現在は長男との二人暮らしである。

被告井田は、友人の経営するお好焼屋の手伝いの仕事をしており、月に一三万円程の収入があるが、その年齢からもこれ以上収入が増えることはない。

(2) したがって、被告井田が建替後住宅に戻り入居することは難しい状況にある。

また、現在六四歳の被告井田に、長年培って来たコミュニティ・生活の利便を断ち切って、他の場所に転出していくことを強いるのは酷である。

(四) 被告飯島

(1) 被告飯島は、現在五六歳であり、昭和五三年から草加団地に居住しており、妻との二人暮らしをしている。

被告飯島は、印刷関係の営業の仕事をしているが、すでに五五歳の定年を過ぎており、「嘱託」という形で勤務しているが、それも後四、五年が限度である。

(2) したがって、被告飯島が建替後住宅に戻り入居することは困難な状況にある。

また、被告飯島にとっても、草加団地で培って来たコミュニティ・生活の利便さが失われることは計り知れない損失である。

(五) 被告小川

(1) 被告小川は、現在七三歳であり、昭和三五年から草加団地に居住しており、現在は妻しげみとの二人暮らしをしている。

被告小川は、一〇年以上前から心身症を患っており、現在、自身の実質的な収入はなく、妻しげみのパートの収入と年金だけで生計を立てている。

(2) したがって、被告小川が建替後住宅に戻り入居することは困難な状況にある。

また、七三歳という高齢で、しかも病身の被告小川に、草加団地以外の場所での新たな生活を強いることはできない。

(六) 被告大久保

(1) 被告大久保は、現在七一歳であり、昭和三五年から草加団地に居住しており、現在は一人暮らしをしている。

被告大久保は、現在、月額二四万円の年金暮らしをしている。

(2) したがって、被告大久保が建替後住宅に戻り入居することは困難な状況にある。

また、平成九年七月に妻千恵子を亡くして、七一歳の被告大久保が一人で元気に生活できているのは、長年培って来た草加団地のコミュニティがあるからであり、被告大久保に草加団地から他に転出していくことを強いるのは酷である。

(七) 被告大木

(1) 被告大木は、現在四六歳であり、昭和五一年から草加団地に居住しており、現在は、妻と二人の子供との四人暮らしをしている。

被告大木は、銀座の料理店で調理師の仕事をしており、月額五〇万円程の収入があるが、これまでに二度胃潰瘍の手術をした他に糖尿病も患っており、病気がちで、かつ、リストラが盛んな職場の中でいつ働けなくなるかも知れず、また子供達には益々教育費がかかってくる状況にある。

(2) したがって、被告大木が建替後住宅に戻り入居することは困難な状況にある。

(八) 被告村田

(1) 被告村田は、現在六〇歳であり、昭和四八年から草加団地に居住しており、現在は二八歳の息子との二人暮らしをしている。

被告村田は、月額一〇万円の遺族年金で生活しており、これから独立していく息子の収入を当てにすることはできない。

(2) したがって、被告村田が建替後住宅に戻り入居することは無理である。

また、平成九年八月に永年連れ添った夫村田稔と死別した被告村田を励まし、精神的に支えているのが草加団地の住民らであり、この草加団地のコミュニティを断ち切って、被告村田を草加団地から立ち退かせるのは、あまりにも酷である。

第三争点に対する判断

一  建替えの必要性について

1  国の施策としての建替事業

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(一) 第二の三の1のとおり、国は、五期計画及び六期計画を策定し、一九九〇年代を通じて住宅対策を積極的に推進するため、良質な住宅ストック及び良好な住環境の形成を図ること、大都市地域における住宅問題の解決を図ること等を定め、また、国及び地方公共団体は、これらの目的を達するため、既存の公共賃貸住宅の建替えの促進と規模を拡大すること等を定めた。

(二) 住都公団は、五期計画及び六期計画による国の住宅政策を推進・実現するため、昭和六一年度から全国的規模で既存賃貸住宅の建替事業を実施している。

日本住宅公団は、昭和三〇年代、大都市圏の住宅不足を解消するため、約一七万戸の賃貸住宅を建設した。これらの団地は、都心やその周辺の極めて恵まれた立地にあり、住宅の需要が高いにも拘わらず、その土地の有効活用がなされていないものが多く存在していた。これらの住宅の多くは、敷地の法定容積率が一五〇ないし二〇〇パーセント(三〇〇パーセント以上の団地も存在していた。)であるにも拘わらず、現況の容積率は概ね六〇パーセントとなっていたのであり、土地の適正利用がされていない状況であった。しかも、住宅の規模や間取り、設備など今日の住宅水準に比べて著しく劣っていたため、質の高い住環境への改善が望まれていた。住都公団は、昭和三〇年代の団地について計画的に建替事業を推進し、敷地の高度利用を実現することによってより水準の高い住宅を供給してきたのである。その際、住都公団は、居住者への説明や居住者の不利益を軽減するための措置を講じてきた。

2  草加団地の建替事業について

(一) 本件建替事業の必要性

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 草加団地は、昭和三五年七月に最初の入居を開始し、建築後四〇年近く経過している。

また、草加団地は、東武伊勢崎線草加駅(営団日比谷線との相互乗り入れもなされており、北千住駅を経由して上野駅から所要時間約三〇分)から徒歩約七分という、極めて利便性の高い地域(右草加駅は、東武伊勢崎線の複々線化に伴い新駅に建て替えられるとともに、右駅周辺は再開発による都市機能の更新事業が進行しつつあり、草加団地が所在する同駅東側では既に再開発による商業ビルの完成とともに駅前広場及び道路の整備がなされ、これに連担する周辺地区に都市機能の整備が進捗している。)に位置しており、周辺地域の住都公団賃貸住宅の入居者の新規募集における平成一〇年一〇月二六日現在の応募倍率をみても、春日部小淵第二団地(春日部市所在、平成八年一〇月管理開始)においては全体で九倍、コーポレート竹の塚二丁目団地(東京都足立区所在、平成九年二月管理開始)においては全体で七・七倍、コーポレート草加旭町団地においては全体で六・四倍である等、周辺地域の住宅需要は極めて高い地域にある。

(2) 草加団地の立地は、(1)のように職住近接の好立地にあり、都市計画法上、第二種中高層住居専用地域、一部近隣商業地域に指定され、法定の制限容積率は二〇〇パーセントとされ、東武伊勢崎線草加駅周辺の再開発事業地区に連担する地域として、今後、都市機能の更新が図られていく立地に所在するにも拘わらず、現況の容積率は、約四〇パーセントで、行政によって定められている基準からみても、土地の有効利用が図られてはいない。

(3) 草加団地の従前の状況は次のとおりである。

所在地 埼玉県草加市中央二丁目五番ほか(東武伊勢崎線草加駅から徒歩約七分)

用途地域 近隣商業地域(法定容積率二〇〇パーセント、建ぺい率八〇パーセント)

第二種中高層住居専用地域(法定容積率二〇〇パーセント、建ぺい率六〇パーセント)

管理開始年度 昭和三五年度

住棟形態 低層住宅 二階建 六七棟

住戸の内容

住戸形式 住戸専用床面積 戸数 棟数

一DK 二六・〇五平方メートル 三六戸 三棟

二D 四六・五一平方メートル 一七五戸 三〇棟

三D 五六・八〇平方メートル 六戸 一棟

(だだし、三Dは増築後のものである。)

三K 四六・五一平方メートル 一六六戸 二八棟

四K 五六・八〇平方メートル 二七戸 五棟

(ただし、四Kは増築後のものである。)

合計 四一〇戸

現況容積率 約四〇パーセント

(4) 本件建替事業の概要

住棟形態 中高層住宅 六ないし一四階建 合計八棟

計画戸数 合計約五三〇戸

(内訳)

先工区

戸数及び棟数 約二六〇戸 四棟

住戸形式 一DK、二DK、二LDK、三DK、三LDK、四DK

住戸専用床面積 約三七平方メートル

(一DK)ないし約七八平方メートル

(四DK)

後工区

戸数及び棟数 約二七〇戸 四棟

住戸形式 一LDKないし三LDK

計画容積率 約一四〇パーセント

(5) 建替後住宅は、戸数においては約一二〇戸の増加となり、容積率は建替前住宅の約三・五倍となる。

また、建替前住宅の型式は、従前住宅が型式一DK、二D、三D、三K及び四Kの五タイプであるところ、その住戸専用面積は、二六平方メートルないし四六平方メートル台のものが中心であり、五期計画及び六期計面において、誘導居住水準として定められている九一平方メートル、最低居住水準と定められている五〇平方メートル(いずれも都市における四人世帯についての水準)には満たないものが多い。

建替後の住宅形式は一DKから四DKまで一二タイプ、住戸専用面積は約三七平方メートルないし七八平方メートルの広さの形式の住宅の提供が可能となる。

(6) 建替前住宅は、準耐火構造であること(建替後住宅は耐火構造の設計となっている。)、外壁に断熱対策がなされていない等、建替後住宅と比較すると、その基本構造が、耐火、断熱、防音、防露の点において不十分な水準にあり、また、電気洗濯機や冷蔵庫の置き場所が設けられていないこと、電気配線・容量等も十分な設計が行われていないこと(電気容量は、建替前住宅の最大契約容量が一五アンペアであるのに対し、建替後住宅のそれは五〇アンペアであり、電気回路は、建替前住宅が二回路であるのに対し、建替後住宅は八回路となっている。)、給湯設備、独立した脱衣所及び洗面所が存在しないこと等、今日の生活様式、住宅水準からみて住宅としての設備、性能も劣っている。

さらに、屋外施設の面においても、駐輪場が設けられていないことや、駐車場の設置率が住戸数の約九パーセント程度にすぎないことから、改善を必要とする状況にある。

(7) 本件建替事業の実現により、建替後住宅は、断熱、遮音、防露等の住宅の基本性能が向上し、住戸内設備も、台所、浴室、洗面所、洗濯機置場に給湯機能が付加される等設備性能や利便性も向上することになる。

屋外設備についても、駐車場は戸数の約七〇パーセントに相当する台数分にあたる約三三〇台分が設置、確保され、自転車置き場、団地内公園、集会所等も住宅と一体整備されるとともに、総量約一五〇〇トンの雨水を貯溜する調整池の設置等を含め、地元公共団体の整備計画と連携して団地周辺を含む居住環境の改善・向上に寄与することとなる。

二  被告ら賃借人に対する措置

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  住都公団は、本件建替事業について居住者の協力を得るため、各賃借人が建替後の居住についての希望を決定し、その生活設計を立てる時間を持つことができるように、二年間の話合期間を設定した上、居住者説明会の開催日から二年を経過した月の末日までの間、被告らを含む賃借人らに対し、本件建替事業の必要性及び目的等を説明し、右事業への理解と協力を求めて説得に努めることとするとともに、居住者の生活への影響に対する配慮として、工区を分けて順次工事を行なうという事業遂行方法をとった。

2  本件建替事業において住都公団が賃借人らに対し講じた措置の内容は次のとおりである(以下「不利益軽減措置」という。)。

(一) 二年間の話合期間中の措置の概要

(平成五年一〇月の居住者説明会の開催以降、二年間の話合期限である平成七年一〇月三一日までの間講じた措置の概要)

賃借人の住替先の希望により次のとおりの措置を行う。

① 建替後住宅への入居を希望する場合

A 右住宅への(公募によることのない)優先入居

B 右建替後住宅完成までの仮住居の確保

C 左の金額の移転費用相当額の支払(平成七年四月一日以降の移転の場合。以下同じ。)

一〇三万三〇〇〇円ないし一一一万九〇〇〇円

仮移転なく入居する場合は金六三万一〇〇〇円

D 建替後住宅入居後一定期間の家賃減額

(賃借人の選択により、七年ないし一〇年間の三方式のいずれかによる(初年度の最大減額率は六五パーセントとなっている。))

② 住都公団の他の賃貸住宅への入居を希望する場合

A 右住宅への(公募によることのない)優先入居

B 左の金額の移転費用相当額の支払

七八万九〇〇〇円

C 平成一二年一〇月三一日まで、入居住宅の家賃の四〇パーセント減額(月額二万円を限度とする。)

③ 住都公団の他の分譲住宅への入居を希望する場合

A 右住宅への(公募によることのない)優先入居

B 移転費用相当額の支払(金額は②のBに同じ)

C 家賃等の一部補填相当額として一〇〇万円の支払

④ 民間住宅等(公営住宅を含む。)への入居を希望する場合

A 移転費用相当額の支払(金額は②のBに同じ)

B 家賃等の一部補填相当額として一〇〇万円の支払

⑤ 移転に際する住宅補修費用の本人負担の支払について、特別の場合を除き免除する。

⑥ さらに、収入額の少ない世帯等に対するものとして、次の措置を講ずる。

A 生活保護世帯並びに一定の要件に該当する高齢者世帯、母子世帯、父子世帯及び心身障害者世帯で、前記①又は②の賃貸住宅への移転を希望する者に対し、一定規模の住宅であれば、当該移転先住宅(戻り入居した建替後住宅又は本移転した先の他の公団賃貸住宅)の家賃が、生活保護法(昭和二五年法律第一四四号)一四条による住宅扶助の限度額を超えるときは、その申出により、その住宅扶助の限度額に相当する額まで当該移転先住宅の家賃を減額する。

B 戻り入居を希望する生活保護世帯並びに高齢者世帯、母子世帯、父子世帯及び心身障害者世帯で、希望する者については、一定の要件のもとに、国から建設費補助等の助成を受けることにより、戻り入居後の家賃が一定程度引き下げられた住宅(地域リロケーション住宅)をあっせんする。

⑦ 世帯分離の希望者に対し、一定の要件に基づいて二戸を優先してあっせんする。

以上のとおり、住都公団は、賃借人との二年間の話合いの期間中、賃借人が希望した住替えの態様に応じて、きめ細かな内容での各種の措置を講じていた。

(二) 二年間の話合期限後、契約終了までの間の措置

賃借人が二年間の話合期限以降、賃貸借契約の終了までの間に住宅を明け渡したとき(先工区の場合)、または明渡しを約したとき(後順位工区の場合)は、住都公団は、次の措置を提供する。

A 建替後住宅への入居希望者の住宅選定順位は、二年間の話合期間内に合意した者の後順位とし、戻り入居可能日から五年が経過する日の属する月の末日まで、建替後住宅の家賃の四〇パーセント(月額二万円を限度とする。)を減額する。

また、戻り入居までの間の仮住居をあっせんする。

B 住都公団の他の賃貸住宅への移転希望者に対しては、二年間の話合期限から五年が経過する日の属する月の末日まで、移転先住宅の家賃の四〇パーセント(月額二万円を限度とする。)を減額する。

C 民間住宅等への移転希望者に対しては、二年間の話合期限からの経過月数(Aか月)により次の算式で求めた金員を支払う。

一〇〇万円―(一万七〇〇〇円×Aか月)

D AからCの場合の移転費用の支払、退去時補修費用の免除については、二年間の話合期限までに協力した者に対する場合と同様である。

(三) 戻り入居者に対する家賃軽減措置

建替後の草加団地の最終月額家賃は、次のとおりである。

一DK(住居専用面積三七平方メートル、以下同じ) 九万三〇〇〇円

二DK―A(四九平方メートル) 一二万円

二DK―B(五五平方メートル) 一三万七〇〇〇円

三DK―A(六二平方メートル) 一五万四〇〇〇円

三DK―B(六九平方メートル) 一七万二〇〇〇円

四DK(七八平方メートル) 二〇万四〇〇〇円

戻り入居者に対しては、共通して適用される三つの方式による家賃軽減措置が採られており、入居者が希望により選択することになっている。第一の方式は、七年間七階段減額方式(右家賃に対する減額率は、初年度が六五パーセント、二年度が五五パーセント、三年度が四五パーセント、四年度が三五パーセント、五年度が二五パーセント、六年度が二〇パーセント、七年度が一〇パーセント、八年度以降は減額なし)、第二の方式は、一〇年間七階段減額方式(同じく減額率は、初年度が三八パーセント、二年度が三五パーセント、三年度が三二パーセント、四年度が二九パーセント、五年度が二六パーセント、六年度が二三パーセント、七年度から一〇年度まで各一五パーセント、一一年度以降は減額なし)、第三の方式は、一〇年間定額方式(同じく減額率は、初年度から一〇年度まで毎年九パーセント、一一年度以降は減額なし)であり、戻り入居者の家賃が公募家賃と同額になるのは、入居後八年ないし一一年後となる。

その後、家賃については、経済事情等の変動に伴い、見直し(再提示)がなされ、例えば、二DK(四九平方メートル)の傾斜終了後の最終月額家賃は二万四〇〇〇円、三DK(六二平方メートル)のそれは三万円引き下げられ、右見直しは、居住者らに知らされている。

(四) 以上の不利益軽減措置は、居住者の様々な住替え希望等をあらかじめ類型化してその対応措置を提供することとしたものであり、また、収入額の少ない世帯等や家族の多い世帯に対して特別な措置を講じる等、個々の賃借人の希望、事情に対応する内容となっている。

また、住都公団は、不利益軽減措置を具体的に適用する場合には、各住替え希望者と協議し、その生活設計等の個別事情を配慮した住宅を用意する等の対応を行っていた。

三  被告らとの交渉

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  住都公団の対応

住都公団は、平成五年一〇月三一日、居住者の約八〇パーセントに相当する約三〇〇世帯の出席を得て居住者説明会を行った。その際、住都公団担当者は、出席した賃借人らに対し、本件建替事業の目的及び必要性を説明するとともに、建替後住宅の間取りや概算家賃等の計画の内容と本件建替事業の進め方を説明し、また、併せて、住替えに伴い、原告が居住者に講じる措置の内容等につき、「草加団地建替事業概要」等の資料を配付した上、これらに基づいて説明し、また、右賃借人のうち右説明会に出席できなかった者全員に右資料を右説明会開催の翌日までに配付した。

住都公団は、右説明会開催の翌日である平成五年一一月一日、草加団地内に現地事務所を開設して、随時居住者からの質問や問い合わせに応じる体制をとって折衝業務を開始し、以後、適宜戸別訪問する等して面談を重ね、事業の説明を行い、各賃借人に対して本件建替事業への協力を求めた。

住都公団は、本件建替事業の実施についての対象者の希望を確認し、移転先ないし仮移転住居のあっせんや、建設計画を策定するため、右説明会開催の際、「住宅希望調査票」を配付(欠席者については、自宅に配付)し、賃借人の住替えについての意向を確認した。

さらに、住都公団は、居住者説明会の開催後、話合いの期限となる平成七年一〇月三一日までの二年間に、現地事務所が発行する居住者宛ての広報文書(以下「分室だより」という。)を、その発行号ごとに計三四回、また、分室だより以外の各種案内文書等をその都度、各住宅に漏れなく配付し、その中で本件建替事業の進捗状況や賃借人に対して必要となる手続き等に関する事項を周知した。

また、住都公団は、居住者からの本件建替事業に関する各種の問い合わせについても、これを集約した上、広報文書により右問い合わせに応答し、住替えにかかる具体的なあっせん先の住宅を住都公団において確保していることを通知する等して、本件建替事業に対する理解と協力を得るべく、きめ細かく対応した。

以上の結果、二年間の話合いの期限となる平成七年一〇月三一日までに、先工区についてみると、その賃借人一七二名のうち被告ら及び三名を除く者が本件建替事業に協力し、各賃貸借契約を合意解約して一時使用賃貸借契約等への切替えないし団地外へ転出することとなり、右三名のうち二名は、話合期間経過後各賃貸借契約期間満了までの間に現住宅の明渡しに同意した。

なお、全ての草加団地居住者との間の賃貸借契約期間が満了した段階では、居住者説明会時に草加団地に居住していた三六八名の居住者のうち、三三六名の居住者から本件建替事業への協力が得られたが、残る先工区一〇名、後工区二二名の合計三二名の居住者からは本件建替事業への協力が得られなかった。

2  被告らの対応

被告らを含む草加団地居住者一三三名は、平成六年二月七日から同年四月七日までの間の四回に分けて、越谷簡易裁判所に、各自の賃借権の確認を求める趣旨の調停の申立てを行った(以下「本件調停」という。)。これに対し、住都公団は、本件建替事業の公共的性格から中止又は延期することができないこと、本件調停申立人以外の居住者との公平の観点から本件調停申立人らの要求に応じることはできないこと、本件調停の場で話合いを行うまでもなく現地において設けられている話合いの場での対応が可能であること等を主張し、結局、本件調停は不調となった。

住都公団は、平成六年五月一七日、現地での個々の居住者との話合いの場とは別に本件建替事業に関して草加団地居住者に共通する事項に関する話合いの場として「懇談会」を設けることを草加団地自治会に提案したが、同月一九日、同自治会側から右提案は受け入れられない旨回答がなされた。

また、被告ら(被告大久保を除く。)を含む本件調停申立人らは、同年六月八日、同年九月二八日及び平成七年一月二五日の三回にわたり、住都公団に対し、本件建替事業に関する住都公団との話合いを一切拒否すること、住都公団担当者による本件建替事業に関する戸別訪問、出頭要請、電話連絡、文書配付等の一切の行為の中止を求めること、仮に右各行為が繰り返された場合には右行為禁止の仮処分の申立てを行うことを予告する旨の通告を行った(以下「本件通告」という。)。

さらに、同人らは、平成七年三月ころから、本件通告の意思の表明者であることを表示するステッカーを各表意者の玄関扉に貼付し、住都公団担当者による戸別訪問を拒否する対応をとった。

住都公団は、二年間の話合期間中はもとより話合期間経過後も、被告らに対し、不利益軽減措置を提供して本件建替事業に対する理解と協力を求めたが、被告らは、右調停の申立てや本件通告を行う等して、住都公団担当者の訪問や電話連絡に対し、応答せず、あるいは、話合いを拒否する対応を継続し、いずれも各賃貸借期間満了に至るまで具体的な住替えにかかる意向を示さなかった。

四  被告ら側の事情

《証拠省略》によると、被告らの収入、年齢及び家族構成等は、第二の四の5(被告らの本件各建物使用の必要性)の(一)ないし(八)の各(1)のとおりであることが認められる。

被告らが本件各建物からの移転を拒む主な理由は、いずれも建替後住宅への戻り入居後の家賃を支払うに足りる収入がないか、あるいは、将来的に支払えなくなる不安があること及び長年培ってきた草加団地のコミュニティを断ち切ることが酷なことである。

五  以上の認定事実によれば、本件建替事業は、五期計画及び六期計画による国の住宅政策に沿って、居住水準の向上と土地の高度利用を目的として行われる公共性の強い事業であるところ、草加団地は、建築後既に四〇年近くが経過しており、かつ、建物の設備性能水準が今日の居住水準に適合していない点において社会的に陳腐化していること、住宅需要の高い地域にありながら、建替前の草加団地の容積率が行政により定められた基準よりも大幅に低い水準にあること、本件建替事業の実現によりこれらの建物の設備性能水準及び容積率は格段に改善され、居住水準の向上と土地の高度利用が図られることからすれば、前記のような設立目的を有する住都公団が本件建替事業を進めることには客観的に十分な合理性が存するものと認められ、本件各建物を含む草加団地を建て替える必要性を十分肯定することができる。

被告らは、本件建替えの必要性はないと主張するが、《証拠省略》によれば、草加団地の周辺地域の住都公団賃貸住宅の応募状況あるいは入居状況は、全体として良好であることが認められるから、本件建替後住宅の家賃が同水準の民間住宅に比してある程度高額であること等を考慮しても、なおその住宅需要は高いものと認められ、また、本件建替事業が、草加団地の住宅や団地共用施設を含めて抜本的に改善して居住水準の向上を図るとともに、草加団地の敷地の高度利用の実現を目的とするものであることに照らせば、建物全体を建て替える必要性も優に認められるところであるから、被告らの右主張は理由がない。

なお、経済事情等の変化により、マンションの家賃の下落傾向が生じ、住都公団も一定の見直し(再提示)を余儀なくされているが、右事実をもって本件建替事業の必要性が存在しないとみるのは、前記認定の諸事実に照らして、短絡的過ぎるといわざるを得ない。

他方、被告らに対しては、移転に応じるまでに二年間の準備期間が設定されていたこと、不利益軽減措置の内容も、各賃借人の多様な事情や希望にできる限り対応したものであり、移転に伴う不利益が軽減されるよう配慮されていたこと、本件各賃貸借契約期間満了時に至る約二年間にわたり本件建替事業の内容や不利益軽減措置等に関する被告らに対する説明の機会は十分に設けられており、被告らがこれらの措置について検討する機会も十分に与えられていたといえることに照らせば、被告らの年齢、収入、家族構成等の個別の諸事情を考慮したとしても、住都公団の本件建替事業遂行の必要性を上回る程度にまで被告らが本件各建物に居住し続けなければならない必要があるとは認められない。

これらを総合すれば、住都公団の本件各更新拒絶には借家法一条の二の正当事由があると認めるのが相当である。

なお、借家法一条の二の正当事由は、更新拒絶の時点で備わっていれば足りると解されるから、原告が更新拒絶後の明渡しに伴う不利益軽減措置(立退料を含む。)を口頭弁論終結時まで維持しなければならない理由はない。

六  建替えの必要性と借家法一条の二の正当事由の関係について

被告らは、政策論に基づく居住水準の向上及び土地の高度利用を目的とする建替えの必要性は借家法一条の二の正当事由の要素とはなり得ない旨主張する。しかしながら、同条の正当事由は、政策的公共的要素のみで直ちに肯定されるものではないが、五期計画及び六期計画による国の住宅政策を推進実現すべき責任の一翼を担っていた住都公団が賃貸人である本件においては、右のような建替えの必要性を賃貸人側の事情の重要な要素として斟酌し、かつ、家屋の明渡しにより賃借人が被るであろう不利益を軽減するためどの程度の措置を講じたか等、建物明渡しによる賃貸人と賃借人双方の利害得失の比較によって総合的に判断されるべきである。したがって、本件において、居住水準の向上及び土地の有効利用を目的とする建替えの必要性を斟酌することは、賃貸人及び賃借人双方の利益を調整しようとした借家法の趣旨に反するものではなく、被告らの右主張を採用することはできない。

第三結論

以上によれば、原告の被告らに対する主位的請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤康 裁判官 設楽隆一 五十嵐章裕)

<以下省略>

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